フォロワーのなおちゃんからもらったメッセージをきっかけに、ライブで話したことを記事にしてみます。
同じように感じたことがある人、きっと多いと思う。
まわりの人は
「身体の中の空間がわかるようになりました」
「空を感じられるようになりました」
「女性性がこうで、男性性がこうで…」
って言っていて、
それを見ながら
「え、みんなすごくない?」
「私、全然わからないんだけど」
ってなってしまうってお悩み。
まず最初に言いたいのは、
わからないこと自体は、何もダメじゃない
ってことです。
わからない時は、まだ「わからない時間」を過ごしてるだけ
わかることって、わかる時にしかわからないんです。
頑張ったから早まるとか、
気合い入れたら急に分かるようになるとか、
そういうものでもない。
いろんな巡り合わせとか、タイミングとか、
今の自分の状態とか、そういう全部が重なって、
「あ、わかった」
ってくる時がある。
でもその瞬間って、
「なんで今わかったの?」
って理由はわからなかったりするんだよね。
ただわかった。
それだけ。
だから逆に言うと今わからないなら、
まだそのタイミングじゃないだけ。
そこで
「なんで私はわからないんだろう」
「みんなはわかってるのに」
って自分を下げる必要は本当にない。
わからない時は、
わからないをやってる時期
なだけです。
「わからない」が苦しいんじゃなくて、自分でそこに意味を足してるだけ
わからないこと自体は、ただの現象なんです。
でもそこに、
「わからない私は遅れてる」
「わからない私はダメ」
「わからないと置いていかれる」
「みんなより劣ってる」
みたいな意味を自分でくっつけると、急に苦しくなる。
つまり苦しいのは、
わからないことそのものじゃなくて、
わからない自分に対する解釈
なんだよね。
だから、もしウジウジしちゃうなら、
「私は今、わからないことを使って劣等感を味わってるんだな」
って見てあげるといい。
責めるんじゃなくて、観察する感じ。
ああ、今これを材料にして、私はこういう感情をやってるんだな。
って。
そうやって見えるだけで、ちょっと距離ができるから。
本当は「わかりたくない」こともある
これも実はけっこうあると思う。
表では
「わかりたいです」
って言ってても、
奥のほうでは
わかったら困る
って思ってることがある。
だって、自分の感覚が本当にわかってしまったら、
「本当はこれ嫌だった」
「本当はこっちがよかった」
「本当は我慢してた」
「本当はこの人と不調和になるのが怖かった」
みたいなのまで見えてきちゃうかもしれないから。
それって、今までの生き方が変わるってことでもあるでしょ。
パートナーとの関係が変わるかもしれない。
家族との距離感が変わるかもしれない。
社会の中で“いい人”でいられなくなるかもしれない。
そう思うと、
「自分のこと、よくわかりません」
って言ってるほうが安全だったりする。
自分の感覚をちゃんと拾うって、
実はそれくらい人生が動くことでもあるから。
だから、わからないままなのにも理由があるんだよね。
それは怠けてるとかじゃなくて、
今の自分にとって、そのほうが安全に感じてるだけ。
わからない自分に「わかんない」で終わらせない
私は、自分に対して
「わかんないから無理」
ってあんまり言いたくないんです。
なんでかっていうと、寂しいから。
もし子どもが何か伝えようとしてきた時に、
「ごめん、お母さんわかんない」
って一言で終わられたら、ちょっと悲しくない?
それと同じで、自分の中から何かが出てきてるのに、
「知らん、わかんない」
で閉じちゃうのって、やっぱりちょっと冷たい。
だから私は、
わからない時でも
「今はまだわからないだけかも」
「そのうち見えてくるかも」
くらいで置いておくほうが好きです。
これだけでも、自分に対する扱い方って結構変わっていきます。
暇を嫌わなくなると、感覚は戻ってくる
私は、人生ってかなりの部分が暇つぶしだと思ってるんです。
しかも、暇ってめちゃくちゃ豊か。
忙しいと、自分の感覚って聞こえにくい。
常に何かしてると、
「今ほんとはどうしたい?」
がどんどんわからなくなる。
でも暇だと、嫌でも自分が見えてくる。
なんかソワソワするなとか、
今これしたいなとか、
逆に何もしたくないなとか、
すごく小さい感情まで拾いやすくなる。
暇が増えると、感覚が細かくなってくるんだよね。
だから、わからない人ほど、
ちょっと暇を増やしてみるのおすすめです。
ずっと何かで埋めない。
予定をパンパンにしない。
意味のあることばっかりしようとしない。
ゴロゴロする。
ぼーっとする。
ボールと戯れる。
それで十分。
そういう時間の中で、感覚ってじわじわ戻ってきます。
安心してる時、人はやっと緩む
アミカルボールで身体が温かくなったり、
巡りがよくなったりするのもそうなんだけど、
結局、身体が緩む時って
安心してる時
なんだよね。
どれだけいいことをしていても、
どれだけ正しいことをしていても、
本人が不安でいっぱいだったら、身体は緩みにくい。
だから私はずっと、
「今すぐ自分が安心することを選んで」
って言ってるんです。
周りにとって都合のいい自分でいたい。
そう思ってるなら、それにまず気づけばいい。
「うわ、私まだそうしたいんだな」
って認めるだけでも、だいぶ違う。
そこで
「そんな自分はダメ」
に行かないこと。
まずは
「そっか、今の私はそうなんだ」
でいいんです。
認めるって、緩みの入り口だから。
男性性が情けなくても、別にいい
ライブでね、
「私の男性性、めちゃくちゃ情けないやつでした」
って腑に落ちた人がいたんだけど、私はそれ、すごくいいなと思った。
だって、今そうなんだったらそうなんだもん。
立派じゃなくてもいい。
かっこよくなくてもいい。
ちゃんとしてなくてもいい。
その“情けなさ”を自分で許せるようになると、
周りの人の情けなさも見られるようになる。
「あー、そういう時あるよね」
って。
自分のダサさとか、不器用さとか、弱さとかを知ってる人って、
人のことも緩められるんです。
逆に、そこをずっと隠してると、
人にも厳しくなる。
だから、自分の中のかっこ悪さを見つけることって、
全然悪いことじゃない。
むしろ、そこから人って柔らかくなっていく。
最後に
わからない時は、わからない時期。
それだけのことだったりします。
でも私たちはすぐ、そこに意味を足したくなる。
自分を評価したくなる。
問題にしたくなる。
だけど本当は、
わからないことも、揺れることも、立ち止まることも、
全部その時の自分に必要だから起きてる。
だから焦らなくていいし、
わかるふりもしなくていい。
今の自分を雑に扱わないこと。
それだけでも、だいぶ変わる。
「わからない私」も、
「まだ見たくない私」も、
「そうしたいのにできない私」も、
とりあえずそのままいていい。
そこからちゃんと、動き出す時は来るから。
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